Monday 24 January 2011

Japan Halal Association

http://www.jhalal.com/
Terus terang, cukup terkejut dg keberadaan organisasi non profit ini. Ternyata, di Jepang sudah sgitunya perkembangan makanan halal.

Allahu Akbar :)

Sunday 23 January 2011

Kisah Islam di Negeri Sakura

Ceritanya menarik sekali... pokoknya harus dikliping di sini :D

Aasif buat yg g ngerti jepang.. :)

Di dalamnya ada kisah Mayumi (nama samaran), seorang Jepang yang masuk Islam dan sekarang bekerja di perusahaan Jepang.

Sebelumnya Mayumi adalah seorang kristen. Namun ia merasakan banyak hal misterius/tidak jelas dalam kristen. Hingga akhirnya ia mengenal Islam dan merasakan keberagamaan Islam sangat logis, yang membuat ia akhirnya besyahadat, ketika berkunjung ke Turki, menghadiri pernikahan temannya.

Selain kisah Mayumi, ada juga cerita tentang makanan halal di Jepang. Salah satunya tentang onigiri (nasi kepal) dan nomikai (minum bareng), yang tak terlepas dari budaya keseharian masyarakat Jepang. Mayumi sebagai seorang muslim, selalu berhati-hati dalam hal makanan dan nomikai. Onigiri misalnya, walaupun tertulis isinya sayuran/ikan, tapi tetap perlu dilihat ingredients-nya, karena bisa saja Nori-nya (rumput laut) diolah sengan mencampur gelatin dari babi. Di sisi lain, penulis artikel di bawah juga bercerita tentang seorang Turki yang tinggal di Jepang namun masih minum sake (minuman keras).

Nah, ini menjadi catatan bagi siapa saja (muslim) yang ingin pergi ke Jepang. Jangan sampai kita menjadi menganggap ini itu terpaksa sehingga melanggar hukum Islam, sedangkan muslim Jepang aslinya saja begitu teguh memegang agamanya.


-----------------sumber http://diamond.jp/articles/-/10819?-------------------------------

日本に生まれて日本で暮らす限り、イスラム教徒と接する機会はめったにない。ところが、世界に一歩踏み出せば、約4人に1人はイスラム教徒という現実が広がる。

 イスラム教徒は全世界で約16億人ともいわれている。中東ばかりではなく、インドネシアやマレーシア、バングラデシュなど、若くて伸び盛りの新興国ほどその人口は多い。

 という訳で、日本で報じられるイスラムの話題も、一部の過激派によるテロや戦争の話から、経済の話へと急速にシフトしてきている。その最たる分野が、「食」である。

イスラム教徒の食事を支える
認証マーク「ハラル」とは

 「ハラルって聞いたことありますか?」と、イスラム教徒のマユミさん(仮名、29)が聞く。

 「ハラル?」

 なんのことやらわからずにいると、マユミさんがその認証マークの付いたパッケージを見せてくれた。

 「これが、その認証マークです」

「タイ風串焼きの素」に付いたハラルマーク

 ハラルとは、アラビア語で「許されているもの」を意味する。イスラム教徒にとって、目の前の食品がハラルであるか否かは、大きな問題だという。

 イスラム教では豚肉やアルコール類の摂取が禁じられ、牛や鳥、羊などの肉に関しても、戒律に沿った処理・加工がなされたものでなければ口にできない。「ハラル」とはつまり、イスラム教徒が安心して購入できる商品のことである。

 その認証マークを取得するのは、日本で言うと、ハサップ(HACCP)などの食品衛生基準をクリアしたり、ISOを取得したりするのに似ている。 マークの認証機関は国によって異なり、その認証の範囲は医薬品やサプリメント、肌に直接塗る化粧品、はたまた、ハラルと非ハラルを分けて扱う物流システム にまで及ぶ。「宗教的に安心」というだけではなく、「安全・衛生面でも安心」というお墨付きが、ハラルマークである。

イスラム教を国教とするマレーシアでは、首相府直属のハラル産業開発公社(HDC:Halal Industry Development Corporation)がその規格化に取り組んでいる。HDCの試算によれば、世界市場におけるハラル産業の取引高は食品だけで年間5800億米ドル (約50兆円)、非食品やサービスまで含めると2.1兆米ドル(約175兆円)に上る。

 グローバル企業であれば、決して無視できないのがこのハラルなのだ。

なぜ日本人翻訳家は
イスラム教徒になったのか

 インターネットで検索すると、全国各地の「ハラルショップ」あるいは「ハラルストア」がヒットする。ハラル商品を扱う店は1980年代後半から日本でも増え始め、現在では宅配も盛んに行われている。

 マユミさんも、そうしたハラルショップ利用者の1人である。

 「じつは私、もともとはクリスチャンだったんです」と言い出すマユミさん。

 「クリスチャン?」

 「祖母の影響で2歳半から教会へ通っていましたし、幼稚園から通っていた学校もミッション系スクールでしたから」

 マユミさんは、日本生まれ日本育ちの日本人。祖母はクリスチャンで、両親は「あえて(宗教による儀式や昔からのしきたりにとらわれない)人前結婚式を挙げるほど徹底した無神論者だ」という。

 そんなマユミさんがなぜ、イスラム教徒になったのか。

 「高校時代、トルコに1年間、交換留学したんです」

 トルコは、国民のほとんどがイスラム教徒の国である。興味を持つきっかけは、塩野七生さんの小説『コンスタンティノープルの陥落』を読んだことだという。

 「ヨーロッパの歴史小説が好きでよく読んでいたんですけど、敵役として必ずオスマントルコの話が出てくるんです。そう言えば、ヨーロッパについて の情報は日本にもたくさん入ってくるけれど、中東についてはほとんど知らないままだなと思って調べ始めたのが、最初でしょうか」

 説明しながら、マユミさんがランチを作り始める。

「今日のメニューは、何でしょうか?」
 「クスルというトルコ料理です」

 フリーランスでトルコ語の翻訳を手がけるマユミさんのランチは、ほとんどがこうした自炊である。

 まずはクスクスを熱湯で戻し、市販のトマトペーストで和える。それに、フレッシュなトマト、ロメインレタス(レタス類ならなんでもいいとのこと)、万能ネギ、ピーマンをざく切りしたものを加える。

 味付けは、塩・こしょうのみ。見ていると、切る・お湯をそそぐ・和えるの動作だけで、煮る・焼くはない。

 「えっ、これだけで完成ですか?」と驚くそばから、今度は「ジャジュク」と呼ばれるヨーグルトのサラダを作るという。

 こちらも、切ったきゅうりをヨーグルトで和え、塩・こしょうで味付けし、仕上げにオリーブオイルをかけるだけ。通常はにんにくも入れるそうだが、食べた後で人に会う機会も多いランチの場合は、あえて入れない。

 「すごく簡単なんですね……」とあんぐりする筆者。
 「忙しい昼には便利な、ファストフードです」とマユミさん。

 現地では、クスクスではなくて麦の挽いたものを使うそうである。

 ランチのご相伴にあずかりながら、マユミさんへの取材を続ける。

 「すると、トルコへの興味が高じてイスラム教徒になった訳ですか?」

 「思春期なので、いろいろと悩むことも多かったんです。私にとってはキリスト教って、謎が多すぎるような気がして……」

 「謎?」

 「そもそも、キリストは神の子なのか、それとも同じ人間なのかとか……。そんな時、日本語でコーランを読んだら『ムハンマドは人間だ』とはっきり 書いてあって、私自身がキリスト教に対して感じていた違和感が、すべて解けた気がしたんです。イスラムにおける平等性や断食、喜捨などの義務は非常に合理 的だと感じましたし、自分の宗教理解はよりイスラムに近いんだ、と納得がいったというか……」

「改宗したのはいつですか?」

 「大学生の時です。友人の結婚式に出席するためにトルコに行って、その場で必要な入信儀式を済ませました」

日本在住のイスラム教徒を悩ませる
「コンビニのおにぎり」と「飲みの席」

 世界ではメジャーなイスラム教徒も、日本ではマイナーな存在だ。当然ながら、このギャップは日本で暮らすイスラム教徒を悩ませる。

 「例えば、コンビニのおにぎりを買おうとするじゃないですか」と、マユミさんが解説する。

 「おにぎりが、問題なんですか?」

 「おかかだったら大丈夫だろうと思って、成分表を見たんです。そしたら、ノリにゼラチンが塗ってあったんですよ」

 日本で使用されているゼラチンには、豚肉由来の成分が含まれていることが多い。厳格なイスラム教徒ならば、おかかおにぎりさえ気軽には口にできない。

 同様に、スナック菓子も油断ならないという。

 「かつお風味と書いてあるのに、豚肉エキス使用だったりする訳です」

 じつはマユミさん、高校卒業後もトルコ語とイスラム教について勉強を続け、大学院を修了した後はマーケティングの代行をする会社に勤務していた。

 営業なので取引先の接待もあるが、イスラム教の戒律では、酒を飲むことは禁じられている。就職活動ではイスラム教徒であることを伏せたものの、上司にだけは事情を打ち明けた。すると、上司は笑顔でこう答えたそうである。

 「わかった。でも万が一、お客さんに『オレの酒が飲めんのか!』と言われたら、ちゃんと飲んでくれるよね?」

 悪気がないのはわかるものの、「わかってないよ」と突っ込みたい心境にはなる。

 むろん、イスラム教徒もいろいろで、筆者がかつて取材したことのあるトルコ人男性は、「神様ごめんなさいと心で詫びながら飲めばいいんです」と言い訳のような解説をしながら、酒を飲んでいた。

 そして、二言目にはこう言うのだった。

「ああ、ボクは罪深い人間です」

 念のため、『イスラームの生活を知る事典』(塩尻和子・池田美佐子著、東京堂出版)で調べると、中東地域は古くからワイン醸造が盛んで「トルコ、 シリア、エジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコなどワインの産地では、普段は酒が禁じられることなく、スーパーマーケットなどでも売られている」 と書いてある。

 大使館のパーティーでは堂々と酒が供されたりもするし、豚肉に関しても、知らないで食べてしまった場合や餓死の危険がある場合などは「許容」される。イスラムの戒律には、「必要は禁止物を許容に変える」という考え方もあるのだ。

なぜ日本ではすすめられたお酒を
飲まなければならないのか

 それはさておき、気になったのは先の上司の言葉だ。日本ではなぜ、取引先からすすめられたら必ず飲まなければならないほど「酒」が重視されるのだろうか。調べると、前回ご紹介した神道にそのヒントがあった。

 神道において、「酒」は神様へのお供え物である。神様にお供えしたものは、神事の後で参加者たちが宴を催し、それをおさがりとしていただくことになっている。この儀式を直会(なおらい)といい、神社で「御神酒」が出るのは、それを最も簡略化した形式だという。

 神社の基礎知識をストーリー仕立てで解説した『お宮に行こう』(神社新報社)には、神道について学び始めた青年が、こんな質問をするくだりも出てくる。

 「この前、会社の上役のお伴をして『接待』の席に出たんです。おしぼりで手をきれいにして、背広のボタンをかけて正座して、相手に対して『いつも 元気でなによりです。本日はわざわざ』なんて挨拶して、お酒やご馳走を出し、三味線の小唄や踊りをみせて『どうぞ、どうぞ』などといって相手にお酌をして いる。例は適当ではないかもしれませんが、神社の作法もこれとよく似たものに思えて仕方がないのですが」

 これに対し、宮司は次のように回答する。

 「神人和楽というのですが、楽しくおまつりをやるのは日本人の基本的考え方、これと人間関係で楽しく一緒にやろうというのは、出てくる発想のもとは一緒なのではないですか」

 つまるところ、日本人にとってビジネスとは神社のおまつり。「接待」で始まり「打ち上げ」で終わる訳である。

イスラム食文化は
いつの間にか日本と融合していた!

 イスラムを知るにはまず、この目で見ることだ。そう思い立ち、JR新大久保駅前にある「ハラルショップ」をのぞいてみることにした。1軒、2軒、3軒と立ち寄るも、店主と会話するまでには至らず。「もう帰ろうか」と思ったところで4軒目が見つかり、店に入る。

 「イラッシャイマセ」と、まさかの機械音による出迎え。

 不意打ちをくらい、「おおっ」とのけぞる筆者の様子を見て、奥の方でにっこり笑う店主。経営しているのは、ミャンマー人である。

 人なつこいその笑顔に「何か買わねば」とプレッシャーを感じるものの、何を買っていいものやら、とんと見当がつかない。キョロキョロとあたりを見回し、気になった商品について質問する。

 「これは何ですか?」
 「それは、お茶です」

 茶葉を酢漬けにして真空パックしたもので、飲むのではなく、食べるお茶。

 「これは?」

 店主はしばらく考え、何かを思い出したように言う。

 「それは、ふりかけです」

 言われてみればたしかに、おかかふりかけのように見える。店主の話だと、ふりかけは二種類あって、一方は干しエビ、もう一方は山羊の干し肉が入っている。おかかのように見えたのは細かく砕いたエビで、ほかには乾燥したタマネギとニンニク、唐辛子が入っているという。

 買おうかどうか迷っていると、店主がやけに流ちょうな日本語でだめ押しのひとこと。

 「お茶漬けにして食べると、おいしいですよ」

 瞬間、驚きと感動の「!」マークが脳内を駆け巡った。イスラムは知らぬ間に、お茶漬けになるほど日本社会に浸透していたのである。

Thursday 20 January 2011

ahava, produk kosmetik asal israel yg banyak diboikot negara2 di dunia soalnya diproduksi dr hasil alam jajahan di wilayah palestina, http://www.republika.co.id/berita/breaking-news/internasional/11/01/21/159820-ini-dia-alasan-banyak-negara-memboikot-ahava

Daging Ayam Halal dari Aomori (Jepang)

Klo dulu biasanya daging ayam halal yg saya makan adalah import dr Brazil, sekarang udah ada perusahaan jepang yang mengeluarkan daging ayam halal. Tepatnya perusahaan di provinsi Aomori. Tentu saja pemasarannya ke seluruh Jepang.Sertifikat halal-nya didapat dari ICCS (Islam Culture Center Sendai?).

Burabo!! :D

--------http://www.asahi.com/food/news/TKY201101190324.html---------------

在日イスラム教徒に県内産のおいしい鶏肉を食べてもらおうと、八戸市の農産物生産会社と五戸町の食肉加工会社がイスラム教の戒律に基づく鶏肉生産・ 販売を始めるにあたり、適切な処理方法であることを証明する「ハラール認定」をイスラム団体から受けた。日本企業製造の鶏肉に対する同認定は初めてとい う。3月下旬にも初出荷し、肉を扱う約70カ所の国内のイスラムショップに販売先を広げることが目標だ。

 認定された鶏肉は、八戸市の「グローバルフィールド」(GF、田名部智之社長)が鶏を育て、五戸町の「青森県農産物生産組合」(ANS、北恵太郎社長) が解体処理・加工を担う。また、弘前市の食のコンサルタント「プレステージ・エスワン」(PS、佐藤誠社長)が販売する。18日には、ANSの鶏肉処理工 場が報道陣に公開された。

 国内にイスラム教徒は10万人以上が住むといわれ、戒律に従って正しく製造された食品(ハラール)しか口にしてはいけないとされる。

 特に肉は規則が厳しく、(1)基本的にイスラム教徒が解体処理(2)宗教的儀式とともに行う(3)鋭利な刃物で動物の気管と食道、頸動脈(けいどうみゃく)を切断――などと決められている。これらを満たすと、「ハラールミート」と呼ばれる。

 このため、日本に住むイスラム教徒は個人的に解体・処理した肉か、輸入したハラール認定の冷凍肉を食べるしかなかったという。

 ハラール認定取得のきっかけは2年ほど前。フランス料理のシェフでもあるPSの佐藤さんが、知人で仙台イスラム文化センター(ICCS)理事の宝財院(ホサイン)イクバルさんから「日本産の羊肉が欲しい」との相談を受けたことだった。

 佐藤さんが調べると、国内には羊などの大型動物用の専用食肉処理場がないうえ、イスラム教が食べるのを禁じている豚と一緒に解体処理する例が多いと分 かったという。一方、鶏も国内で流通するハラール認定の鶏肉の多くがブラジル産で冷凍品だった。そこで、せっかくならおいしい県産の鶏肉を食べてもらいた いと、取引があったGFの田名部さんに声をかけ、さらにそこからANSへとつながり、3社協力でハラールミートを製造、販売することになった。

 3社は昨夏、ICCSにハラール認定を申請し、昨年11月に認定を受けた。3月下旬にも出荷を始め、数年後には年間25万羽の生産を目指す。

 田名部さんらは「日本にいるイスラム教徒がこんなに食べ物で困っていることを初めて知った。安全、安心な青森の食材が広く受け入れられるよう期待してい る」。宝財院さんは「ハラールはイスラム教徒にとってとても大切。おいしいと評判の青森の鶏を食べられるのが楽しみ」と話している。(川上眞)


Wednesday 19 January 2011

Sepuluh dalam Satu

Sepuluh dalam Satu

 

وعن ابن مسعودٍ - رضي الله عنه - ، قَالَ : قَالَ رسولُ اللهِ - صلى الله عليه وسلم - : (( مَنْ قَرَأ حَرْفاً مِنْ كِتَابِ اللهِ فَلَهُ حَسَنَةٌ ، وَالحَسَنَةُ بِعَشْرِ أمْثَالِهَا ، لاَ أقول : ألم حَرفٌ ، وَلكِنْ : ألِفٌ حَرْفٌ ، وَلاَمٌ حَرْفٌ ، وَمِيمٌ حَرْفٌ )) رواه الترمذي ، وقال : (( حديث حسن صحيح ))

 

Dari Ibnu Mas'ud ra, ia berkata : bersabda Rasulullah saw : " Siapa yang membaca satu huruf dari Al Qur'an maka ia akan memperoleh satu kebaikan. Dan tiap kebaikan akan dilipatgandakan menjadi sepuluh kali. Aku tidak mengatakan : Alif Lam Miim adalah satu huruf. Melainkan Alif satu huruf, lam satu huruf dan miim satu huruf". (HR. Tirmidzi, ia berkata : Hadits hasan shahih)

 

Al Qur'an adalah sumber kekuatan Iman dan ladang pahala. Semakin rajin kita membaca Al Qur'an maka semakin banyak pahala yang akan kita peroleh. Dan sungguh tepat jika kita menjadikan Interaksi dengan Al Qur'an sebagai jalan utama kita untuk meraih surga.

1.       Membaca Al Qur'an tidaklah seperti membaca tulisan atau teks-teks lain. Dengan membaca satu huruf saja kita akan mendapatkan 10 kebaikan. Bisa di bayangkan berapa banyak pahala yang akan diraih jika kita membacanya satu halaman, atau satu juz atau lebih.

2.       Ketika Allah swt memberikan reward atas amal kita, maka janganlah kita membayangkannya seperti reward atau hadiah yang diberikan manusia seperti uang, perhiasan atau benda berharga lainnya. Ingatlah bahwa yang akan memberikan reward ini adalah Dzat yang Maha Agung pemilik Alam semesta. Ia adalah Dzat yang Maha kaya yang kekayaanNya meliputi seisi bumi, seisi langit dan termasuk kita sebagai makhlukNya. Maka tentu saja 1 kebaikan atau 10 kebaikan yang disebutkan dalam hadits di atas tidak akan mampu kita bayangkan besar dan mulianya.

3.       Sebanyak apa pun seseorang membaca Al Qur'an niscaya ia tidak akan merasa bosan. Hal ini akan terjadi jika seseorang memiliki hati yang bersih. Utsman bin Affan dan Hudzaifah  berkata :

لو طُهرت القلوب لم تشبع من قراءة القرآن

"Jika hati bersih, niscaya tidak akan kenyang dari membaca Al Qur'an"

 

4.       Besarnya pahala yang diberikan kepada pembaca Al Qur'an tidak terlepas dari dua hal. Pertama karena ia adalah Kalamullah (firman Allah) dan kedua adalah karena ia adalah kitab Hidayah yang setiap muslim wajib membacanya. Reward atau pahala tersebut bisa dikatakan sebagai sebuah motivator atau penyemangat agar kita rajin membaca Al Qur'an.

 

oleh: Ust. Ahmad Yusuf, Lc., al-Hafizh (Int'l Islamic University M'sia)


---

Klik http://batikten.multiply.com :)

---

Sunday 16 January 2011

Indonesia Most Recommended Cities for Business

Kota anda masuk g?

Laporan dari Majalah SWA Edisi Khusus beberapa waktu lalu..

Survei dilakukan di 20 kabupaten/kota pada Juni-Juli 2010. Pemilihan daerah didasarkan pada nilai PDRB tertinggi di luar migas dan tambang. Jakarta tidak dimasukkan karena kota nasional.

Survei dilakukan terhadap 90 pengusaha, 30 pengusaha kecil, 30 menengah, 30 besar.
Indeks kepuasan (IK) adalah jumlah persentase responden yg menjawab puas dan sangat puas. Indeks rekomendasi (IR) adalah jumlah responden promoter (merekomendasikan) dikurangi jumlah responden detractor (tidak/kurang merekomendasikan). Indonesia Recommended Cities for Investment Index (Indeks IRCI) adalah penjumlahan IK dan IR.

Berikut ini nomor urut kota2nya..

1. Kota Kediri, IK = 59,10, IR =53,33, IRCI = 112,43

2. Kab. Gresik, IK=26,04, IR=56,67, IRCI=83,07

3. Kota Palembang, IK=37,01, IR=44,44, IRCI=81,54

4. Kota Makassar, IK=41,50, IR=38,89, IRCI=80,39

5. Kota Medan, IK=24,60, IR=31,11, IRCI=55,71

6. Kab.Bandung, IK=51,90, IR=2,22, IRCI=54,12

7. Kota Surabaya, IK=54,80, IR=-1,11, IRCI=53,69

8. Kota Tanggerang, IK=39,00, IR=14,44, IRCI=53,44

9. Kab. Kudus, IK=24,70, IR=24,44, IRCI=49,14

10. Kab. Tanggerang, IK=38,40, IR=6,67, IRCI=45,07

11. Kab. Deli Serdang, IRCI=44,21

12. Kota Bandung, iRCI=44,21

13. Kota Batam, IRCI=43,73

14. Kota Semarang, IRCI=33,38

15. Kab Cilacap, IRCI=17,18

16. Kab. Karawang, IRCI=5,57

17. Kab. Bogor, IRCI=-3,57

18. Kab. Sidoarjo, IRCI= -7,81

19. Kab. Bekasi, IRCI=-14,00

20. Kota Bekasi, IRCI=-17,52

Di edisi ini juga ada liputan khusus perdaerah terkait kebijakan pemkot, infrastruktur, iklim investasi, dll.

Klo toko saya sih ga terkait daerah, soalnya bisnis online :)

Bagi yang tertarik dengan Batik silahkan kunjungi http://batikten.multiply.com
Yang ga tertarik dengan batik juga klik aja dulu, insya Allah jadi tertarik :))

---
Syaikhul_Muqorrobin  
Owner at BatikTen
Business Services Exec. at KARIM Business Cons.

Tuesday 11 January 2011

Mata Pencaharian yang Paling Baik

Pastinya di sektor riil... itulah usaha.

Berikut ini ulasan dari alsofwah.or.id dikutip dari salah satu kitab syarah bulughul maraam.

Selamat berusaha ! :D

----------

Dari Rifa’ah bin Rafi’ radiyallallahu ‘anhu, bahwa Nabi shallallahu ‘alaihi wasallam ditanya, “Apakah pekerjaan yang paling baik/afdhol?” Beliau menjawab, “Pekerjaan seorang laki-laki dengan tangannya sendiri (hasil jerih payah sendiri), dan setiap jual beli yang mabrur.”(HR. al-Bazzar dan dishahihkan oleh al-Hakim rahimahullah)

Takhrij Hadits:

Hadits ini shahih dengan banyaknya jalur periwayatannya. Ibnu Hajar al-‘Asqalani rahimahullah berkata, “Diriwayatkan oleh al-Bazzar dan dishahihkan oleh al-Hakim”, beliau berkata di dalam kitab beliau at-Talkhish:”Diriwayatkan oleh al-Hakim dan ath-Thabrani, dan di dalam bab ini ada hadits juga dari Ali bin Abi Thalib, Ibnu ‘Umar g. Hal itu disebutkan oleh Abi Hatim rahimahullah. Ath-Thabrani meriwayatkan di dalam kitab al-Ausath hadits dari Ibnu ‘Umar radiyallahu ‘anhu, dan para perawinya La Ba’sa (tidak ada masalah)

Disebutkan di dalam kitab Bulughul Amani, “Diriwayatkan oleh Imam Ahmad rahimahullah dan dikeluarkan oleh as-Suyuthi di dalam Jami’us Shaghir, dan diriwayatkan oleh al-Baihaqi secara Mursal, dan dia berkata, “Inilah yang mahfuzh Wallahu A’lam”.

Al-Haitsami rahimahullah berkata di dalam kitab Majmau’z Zawaid setelah beliau menyebutkan bahwa hadits itu memiliki banyak jalur periwayatannya, maka beliau berkata tentang riwayat Imam ath-Thabrani, “Perawi-perawinya tsiqah (kuat)”. Dan berkata tentang jalurnya Imam Ahmad, “Perawi-perawinya tsiqah (kuat)”.

Pelajaran yang bisa dipetik dari hadits di atas.

1.Hadits di atas menjelaskan salah satu ajaran di dalam Islam yaitu motivasi dan anjuran untuk berusaha, bekerja dan mencari rizki yang baik. Dan juga bahwasanya Islam itu adalah aturan agama dan Negara, sebagaimana Islam memerintahkan ummatnya untuk menunaikan hak Allah Subhanahu waTa’ala (ibadah), maka Islam juga memerintahkan untuk mencari rizki dan untuk berusaha memakmurkan dan mengembangkan bumi. Allah Subhanahu waTa’ala berfirman, artinya, “Dialah yang menjadikan bumi itu mudah bagi kamu, maka berjalanlah di segala penjurunya dan makanlah sebagian dari rizki-Nya. Dan hanya kepadaNya-lah kamu (kembali setelah) dibangkitkan”. (QS. al-Mulk: 15)

2. Dalil bahwasanya mata pencaharian terbaik adalah pekerjaan seseorang dengan tangannya sendiri (usaha sendiri). Di dalam Shahih al-Bukhari disebutkan bahwa Rasulullah shallallahu ‘alaihi wasallam bersabda, “Tidaklah seseorang memakan suatu makanan yang lebih baik dari memakan makanan yang diperoleh dari jeripayahnya sendiri.”

3. Dalil bahwasanya perdagangan adalah salah satu mata pencaharian yang paling baik, dengan catatan apabila selamat (terbebas) dari akad-akad yang diharamkan seperti riba, ketidak jelasan, penipuan, penyamaran (menutup-nutupi cacat pada barang dagangan) dan lain-lain yang termasuk dalam kategori memakan/mendapatkan harta orang lain dengan batil.

4. Dalil bahwasanya al-Birru (kebaikan) sebagaimana terdapat dalam Ibadah, maka dia juga terdapat dalam Muamalat (interaksi sesama manusia).Apabila seorang muslim tulus dalam jual belinya, produksinya, pekerjaannya dan profesinya, maka perbuatannya ini termasuk al-Birru dan al-Ihsan yang diberikan balasan di dunia dan akhirat.

5.Bahwasanya amalan apapun yang dilakukan oleh setiap muslim yang diniatkan untuk menjaga kehormatan dirinya (tidak meminta-minta), dan untuk mencukupkan dirinya dari (bergantung kepada) apa-apa yang ada di tangan manusia, maka itu termasuk pekerjaan yang baik. Dan setiap manusia diciptakan oleh Allah Subhanahu waTa’ala sesuai dengan apa yang menjadi pekerjaan dan profesinya.

6. Tidak adanya pengkhususan dari Syari’ (Allah) dan penentuan jenis pekerjaan tertentu, adalah dalil bahwa maksud hal itu adalah terwujudnya Iradah Kauniyah/ kehendak kauniyah yaitu memakmurkan alam dunia ini, dengan bekerjanya masing-masing orang atau kelompok dengan suatu pekerjaan yang tidak dilakukan oleh orang atau kelompok lain. Allah Subhanahu waTa’ala berfirman, artinya, “Yang telah memberikan kepada tiap-tiap sesuatu bentuk kejadiannya, kemudian memberinya petunjuk.” (QS. Thaaha: 50)

7. Seorang laki-laki dalam hadits di atas bukanlah maksud (bukan pengkhususan), akan tetapi disebutkan dalam hadits karena kebanyakan seorang laki-laki lah memiliki pekerjaan dan bertanggung jawab dalam menafkahi keluarga.

8. Jual beli mabrur adalah jual beli yang terjadi sesuai dengan konsekuensi syari’at yaitu terpenuhinya syarat, rukun, penyempurna dan tidak adanya penghalang (yang menghalangi sahnya transaksi) dan perusak transaksi. Maka harus terkumpul di dalamnya persyaratan yang telah lalu dan tidak adanya penghalang berupa gharar (ketidak jelasan), unsur judi, riba, penipuan dan penyembunyian cacat barang.

Beda pendapat Ulama

Para ulama telah berbeda pendapat tentang penentuan pekerjaan (mata pencaharian) yang paling utama dan paling baik.

Al-Mawardi rahimahullah berkata, “Yang paling baik adalah bercocok tanam (bertani) karena hal itu lebih dekat dengan sikap tawakkal.”

Imam Nawawi rahimahullah berkata, “Sebaik-baik mata pencaharian adalah pekerjaan seseorang dengan tangannya sendiri. Seandainya bertani (bercocok tanam) adalah sebaik-baik pekerjaan maka hal itu dikarenakan apa yang terkandung di dalamnya berupa statusnya sebagai pekerjaan seseorang dengan tangannya sendiri, ada tawakkal, dan di dalamnya ada manfaat yang luas bagi manusia lain, binatang melata dan burung-burung.”

Adapun al-Hafizh Ibnu Hajar rahimahullah berkata, “Sebaik-baik penghasilan (mata pencaharian) adalah apa yang didapatkan dari harta orang kafir, dengan jalan jihad, karena hal itu adalah pekerjaan Nabi shallallahu ‘alaihi wasallam, dan karena di dalamnya terdapat tujuan meninggikan (menegakkan) kalimat Allah Subhanahu waTa’ala.”

Dan Syaikh ‘Abdurrahman as-Sa’di rahimahullah berkata, “Para ulama berbeda pendapat tentang pekerjaan duniawi yang paling utama. Sebagian mereka mengatakan yang utama adalah bercocok tanam (bertani), sebagian yang lain mengatakan perdagangan, dan sebagian yang lain mengatakan bahwa yang utama adalah pekerjaan seseorang dengan tangan sendiri berupa produksi maupun keahlian yang lain.”

Dan yang paling baik untuk dikatakan dalam pembahasan ini, “Bahwa sesunguhnya pekerjaan yang paling utama adalah sesuatu yang paling cocok dengan kondisinya masing-masing. Dan wajib pada semua bidang pekerjaan adanya ketulusan dan tidak adanya penipuan serta menunaikan kewajiban dari segala segi.”

Ibnu al-Muflih rahimahullah berkata dalam kitabnya “Adabusy Syar’iah” yang ringkasannya, “Dianjurkan (disunahkan) untuk bekerja walaupun telah berkecukupan, sebagaimana dibolehkan mencari pekerjaan yang halal untuk menambah kekayaan, kedudukan, kemewahan, kesenangan dan kelapangan terhadap anggota keluarganya yang disertai dengan selamatnya agama, kehormatan, harga diri dan lepasnya tanggung jawab.”

Dan hal itu (bekerja) adalah wajib bagi orang yang tidak memiliki bahan makanan untuk dirinya dan untuk orang-orang yang nafkahnya berada dalam tanggungannya. Dan didahulukan bekerja untuk memenuhi kebutuhan keluarganya berdasarkan sabda Nabi shallallahu ‘alaihi wasallam, “Cukuplah seseorang dikatakan berdosa, ketika menelantarkan orang yang menjadi tanggungannya (tidak memberinya nafkah).” (HR. Muslim)

Al-Qadhi rahimahullah berkata, “Bekerja yang tidak dimaksudkan untuk bermewah-mewahan, akan tetapi tujuannya hanya sebagai sarana ketaatan (mendekatkan diri) kepada Allah Subhanahu waTa’ala, seperti menyambung kekerabatan (silaturahim), dan menjaga kehormatan diri untuk tidak meminta-minta, maka yang seperti ini lebih utama. Hal itu karena apa yang terkandung di dalamnya berupa manfaat untuk orang lain dan dirinya sendiri. Dan ia juga lebih utama daripada ibadah nafilah (sunnah), karena di dalamnya ada manfaat untuk manusia yang lain sedangkan ibadah nafilah manfaatnya hanya dirasakan oleh pelakunya sendiri, dan sebaik-baik manusia adalah yang paling banyak memberi manfaat bagi manusia lainnya.”

Sumber: Taudhihul Ahkam Syarh Bulughul Maram, Kitab al-Buyu’ hadits no. 660, diterjemahkan oleh Abu Yusuf Sujono

------------

Visit my batik store, http://batikten.multiply.com ^_^